2013年10月 2日 (水)

電子書籍「お見合い1勝99敗」のご案内

いつも「お見合い達人の裏話」をご愛読いただき、ありがとうございます。
このコラムをまとめたPHP新書「お見合い1勝99敗」(吉良友佑著)が電子書籍になりました。このブログと合わせてご覧いただければと思います。
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お見合い達人 吉良友佑

2012年10月 3日 (水)

第53話 断られた理由

 数え切れないほどお見合いをした私は、数え切れないほどの相手から断られている。その理由も数え切れないほどある。「お話が合わないので…」といった無難ものから、はっきりと私の欠点や問題点を指摘したものなどさまざまだ。

 大阪のOLとお見合いをしたが、当時、私がヘビースモーカーだったことが災いした。お見合いの後すぐに、仲人さんを通じてお断りの連絡があった。仲人さんは「彼女の前でたくさんタバコを吸ったそうですね。『自分の健康に気を使わない人は失格だと思います』とはっきりとおっしゃっていましたよ」と語った。この言葉にショックを受け、私は禁煙をしようという気になった。

 経済部記者だったころ、証券会社のOLとお見合いをした。彼女は仕事柄、経済に詳しく、多くの企業の業績や内情について詳しく教えてくれた。私はとても勉強になり、彼女と会うのが楽しみになった。だが、3回目のデートの後、仲人さんを通じてお断りの連絡があった。その理由は「経済部の記者さんなのに、経済についてあまりご存じないのです。がっかりしました」。仲人さんからこう聞かされた時、私はかなり真剣に傷ついた。

 神戸のOLとお見合いする前、世話好きの先輩から「新聞記者の奥さんは大変だぞ。お見合い相手には最初にそのことをはっきり言っておかなければだめだ」と説教された。

 「俺たちは深夜まで忙しいから、俺のかみさんは新婚以来、ずっと晩飯を1人で食べている。団地だから窓からよその家庭が楽しそうに家族そろって夕食をとっている光景が見えるらしい。かみさんから『それを見ながら砂をかむような思いで夕食をとっているのよ』といつも言われるんだ。新聞記者と結婚するのなら、その覚悟をもってもらわなくてはいけない」

 お見合いをした神戸のOLにその話をすると、彼女の表情が険しくなった。お見合いの後、「私には新聞記者の奥さんになる自信がありません」というお断りの連絡が仲人さんを通じてあった。そのことを先輩に言うと、「バカだな。初めにそんな深刻な話をしたら、相手は引くに決まっているだろ。よく考えろ」と反対に怒られた。大好きな先輩だったが、この時はすごく恨めしかった。

 私はお見合いを始めたころ、断られるたびに、ショックを受けて傷ついた。お断りの理由が「お話が合わないので…」という差しさわりのないものであっても、私は自分が引け目に思ったり、劣等感をもっている欠点や問題点を思い浮かべ、「そのためにだめだったのだろう」と厳しい現実を見せつけられる思いになったり、「何回、お見合いをしても結果は同じでは…」という意識にさいなまれた。

 しかし、断られる回数が増えるにつれ、断られることにも慣れてきた。「私は私だ。少しでも人間として向上したいと思っているが、欠点を含めて私の個性だ」と開き直れるようになった。そう思えるようになって、お見合いで自分の欠点や問題点についても冷静に話せるようになった。

 そのうち、相手から断られそうな雲行きになると、「彼女はどんな理由で断ってくれるのだろうか」とお断りの理由を聞くのが楽しみになるほどの“余裕”ができたこともあった。

  子どものころ、ガキ大将からけんかで勝つコツを聞いたことがあった。コツとは殴られることに慣れること。お互いに子どもだから、パンチを受けてもそんなに痛くない。「殴られてもこの程度の痛さか。大したことはない」と思えたら相手に強い気持ちで立ち向かっていけるのだという。

 お見合いでもこどものけんかと同じことが言える。独身者がお見合いを躊躇(ちゅうちょ)する要因の1つとして断られて傷つくことを恐れる気持ちがあると思う。私は「断られた時、傷つくかもしれませんが、お見合いを重ねるうちに慣れます。早く慣れてください」とアドバイスしたい。

 お見合い相手から断われたということは単に1人の異性から「私の結婚相手としてふさわしくない」と言われただけのこと。それ以上でもそれ以下でもない。反省すべき点があれば、謙虚に反省すべきだが、いちいち気に病むことではない。異性は星の数ほどいるのだから次の出会いを求めて前向きに活動してほしい。

 

第52話 アルコール

 お見合いは初対面の男女が結婚を想定しながら会話する場だからどうしても緊張してしまう。その緊張感をほぐそうと、お見合い当日でもレストランなどで食事をする場合、アルコールを飲んだり、女性にも勧める男性が多い。私は自分がアルコールのために多くの失敗をした反省から言うのだが、お見合いやその後のデートといった知り合ったばかりの状態でアルコールを飲むのはお勧めできない。

 酔うことで思わぬミスをしかねないし、そもそも人生のパートナーを選ぶ大事の場にアルコールを入れることで不謹慎な印象を相手に与えてしまう危険性があるからだ。デートを重ねて相互理解がある程度、進めば、お酒が多少入った方が気心が知れる側面もあるが、初対面に近い状態ではデメリットの方が多い。

 私はお見合いした神戸のOLを2回目のデートでおいしいワインがある大阪郊外のレストランにお連れした。彼女は「素敵なレストランですね」と喜んでくれ、会話が弾んだ。私は自分の緊張感をほぐす目的と、若い女性と会話しながらワインを飲める喜びから、ついグラスを重ねてしまった。帰りは大阪駅までタクシーでお送りしたが、その車内で彼女と話をしながら、不覚にも眠ってしまった。

 タクシーが駅に着いて目が覚めると、彼女の表情が硬くなっていた。どうも私は寝ているうちに、大きないびきをかき、タクシー運転手もいるから、彼女にとって気まずい雰囲気になったようだ。女性の横で寝てしまう私の無神経さにも腹を立てたのだろう。私は「しまった」と思ったが、手遅れだった。彼女は硬い表情のまま「さよなら」と言ってタクシーから離れ、そのまま帰っていった。翌日、仲人さんを通じて彼女からのお断りの返事が届いた。

 結婚相手を探すため「合コン」に参加する男女は多いが、ここでもアルコールが入るのが通例だから、不愉快な思いをする女性が多い。私がお見合いした大阪のOLは一流企業のサラリーマンと合コンした時のエピソードを聞かせてくれた。

 彼女は「一流企業のビジネスマンと合コンできる」と聞いて強い期待感をもって出かけた。仕事の都合で遅れて会場に着くと、男性陣はすでに酩酊(めいてい)状態で、女性の体に触るなどやりたい放題。彼女は「このまま居てもろくなことはない」と思い、すぐに会場を出たという。

 「一流企業でしっかりとした仕事をされている方々だから、アルコールが入っていなければ素敵な人たちなのでしょう。でも、あんな醜態(しゅうたい)を見せられれば、お付き合いする気にはなれません。私は結婚相手を探そうとまじめに合コンに参加したのですが、いい加減な態度に接して悲しい思いになりました」と彼女は語った。 

 私は「運命の人」とめぐり合うために異性と出会う機会をできる限り多く見つけるべきだとアドバイスしており、その観点からすれば、「合コン」もその一環だから否定するつもりはない。しかし、いきなりアルコールが入る「合コン」は単なる遊びの場と考えた方が無難だろう。

 知人の女性が「アルコール抜きの『合コン』があれば、参加しやすいのに…」と言っていたが、私も同感だ。友人が自分のガールフレンドの友達を紹介してくれる時なども最初はアルコールを入れない方が賢明だと思う。

 合コン好きの男性が「アルコールが入らなければ、合コンの参加者は緊張してしまう。軽いノリで出会いを演出したいからアルコールは必須アイテムです」と語っていた。しかし、軽いノリだけでは遊び相手を選べても、結婚相手は決められないはずだ。

 お見合いで緊張するのが当たり前のことだ。人生のパートナーとめぐり合うかもしれないのだから真剣勝負の心持ちで臨むべきだ。緊張に耐えて誠実に接すれば、その誠意は相手に伝わると思う。

第51話 「踏み絵」を踏ませるな

 私がお見合いした神戸のOLはスイーツが大好きだった。2回目のデートで神戸のレストランで昼食をとった後、彼女は「ご紹介したい所があるんです」と言って私をおいしいケーキがある喫茶店に連れて行った。そこのケーキはとてもおいしく、食いしん坊の私は大満足だったが、「私はスイーツ好きだから、結婚相手はそれを理解してくれ、一緒に食べてくれる人でないとダメです。結婚相手の第一条件はスイーツ好きです」という彼女の言葉にひっかかった。

 私は「私もスイーツ好きです。好みが似ていますね」と答えたが、「結婚相手の第一条件はスイーツ好きです」とは彼女の口癖のようだった。3回目のデートでも4回目のデートでも彼女は私をケーキのおいしい喫茶店に連れて行った。どちらのケーキも素晴らしかった。しかし、どちらの店でも彼女から「結婚相手の第一条件はスイーツ好きです」と言われ、私は閉口するようになった。
 
 私は彼女の言い方に「私と結婚したいなら、もっとスイーツ好きになりなさい」というような高圧的な響きを感じてしまったのだ。彼女にそんなつもりはなかったのかもしれない。たぶん、自分のスイーツ好きを強調したかっただけだろう。しかし、知り合ったばかりのお見合い相手に対していきなり「私の結婚条件は…」などと言うのはデリカシーに欠けると私は思った。

 私がお見合いした京都のOLから聞いた過去のお見合いのエピソードでも似たようなケースがあった。彼女がお見合いした大阪の会社員は大のフィギュア好きだった。会社員はお見合いの席上、「これまでのお見合いで『部屋がフィギュアでいっぱいです』と告白したら、お相手から断られたことがありました。でも、フィギュアのコレクションはやめられない。私はフィギュア収集を認めてくれる人としか結婚しません」と言い出したという。

 「フィギュア収集について『勝手にどうぞ』と感じで聞いていましたが、お見合いをしたばかりの相手に『認めてくれる人としか結婚しません』と宣言する無神経さにはむっとして帰宅後、すぐにお断りの返事をしました」と彼女は話した。

 お見合いでは、男女ともにこうした発言をする人が意外に多い。趣味や嗜好(しこう)に対する自分の思いをお見合い相手に理解してもらおうという気持ちが強いからだが、その気持ちの中には「自分の趣味がお見合い相手にとってNGかどうかを早く確認した方が交際を進めるうえで手っ取り早い。相手にとってもこれがわかれば、交際を続けるかどうかを早く見極められるから、手っ取り早いし、都合がいいはず。お互いのためだ」という発想が混じっているように思う。

 特に、自分の趣味のためにお見合い相手や交際相手から断られて傷ついた経験をもつ人は再び傷つくのを避けるため、自分の心を相手に対して開く前に、つまり相手に好意をもつ前に、断られる可能性のある趣味の話をしておこうと考えがちだ。しかし、これは安易だし、自分勝手な発想だと私は思う。

 この発想には相手が自分とのお見合いのために時間を割いてくれたことへの感謝の気持ちが欠けている。こんな発言をして自分の趣味が相手にとってNGとなる確率より、この発言そのものがNGとなる確率の方が高いもしれないという思いに至っていないのだろう。お見合い相手に対しては、まずお互いに共感し合える話題から始めてリラックスした雰囲気を作り、そのうえで話のキャッチボールをしながら「私はこんな趣味をもっています」と話すのがマナーだと思う。

 私が後輩から交際相手の趣味について相談を受けたら「よほど変わった趣味だったり、お金や時間を極端に浪費しない限り、個人の自由だから理解してあげてください。2人の間に愛情や相互理解の気持ちがあれば、乗り越えられるはずです」とアドバイスするだろう。しかし、交際相手が「私の趣味を認めてくれる人しか結婚しません」というような一方的な言い方をするようだったら、「協調性に問題があるかもしません。じっくりと交際してその辺りを見極めてください」と慎重さを求めると思う。

第50話 会ってみないと、わからない

 お見合いをするため仲人組織などに会員登録すると、紹介してくれる相手の釣書が郵送されるのを待つ毎日が始まり、自宅のポストの扉を開けるのが楽しみになってくる。私は帰宅してポストの中に釣書を入れた封書が入っているのを見つけると、いつも小躍(こおど)りする思いで、自宅に入り、うがいや着替えもしないうちに、封を切った。

 封書の中には全く知らない相手の経歴が書かれた釣書と写真が入っている。その人との出会いで私の人生がガラリと変わるかもしれない。それを考えると、私はいつも、ドキドキした。このドキドキ感は何とも言えない快感だった。

  釣書や写真を見て相手を気に入れば、早速、仲人さんに連絡してお見合いを申し込んだ。それからお見合いの日まで毎日、帰宅後に何回も釣書や写真を眺めながら「どんな人なんだろう」とワクワクしながら想像する生活になった。これも楽しい時間だった。封書を開ける時のドキドキ感とお見合いの日まで相手のことを思い描くワクワク感がお見合いの醍醐味(だいごみ)ではないかと思うこともあった。

 お見合いを重ねるにつれ、この快感が強まったものだから、「釣書や写真を見るのがこんなに好きな私はひょっとして“二次元フェチ”ではないか」と一時は本気で少し心配した。確かに、お見合いで“生身”の女性と会うと、想像と違うケースが多く、その落差にがっかりすることもたびたびだったから、会う前までの方がドキドキ感、ワクワク感で楽しいケースも多かったのだ。

 長くお見合いを重ねた経験から言わせていただければ、釣書や写真にはお見合い相手として必要な情報はあまりないと思う。釣書に書かれている家族構成や学歴、趣味などからでは、私が結婚選びで最も重要と考える自分との相性を知ることをできないからだ。「長女はのんびりしている」とか「スポーツ好きは積極的な人が多い」などとよく言われるが、これらは一般論にすぎない。

 写真も同様だ。写真をいくら長く見つめても相手の性格はわからない。ある時、届いた大阪のOLの写真は上品なお嬢さん風で、清楚な感じが気に入り、お見合いをすることにした。大阪のホテルのロビーで仲人さんに引き合わされた。仲人さんと別れた後、2人でホテルのコーヒーハウスに入った。その時、彼女から「コーヒー頼むわ、あんた、ほんまに新聞記者?」といきなりタメ口調の言葉が出てきてびっくりした。

 だから会わないと、相手のことはわからない。反対に言えば、会えば5分でも相手のことは結構わかるものだ。お見合いパーティーに参加したことがあった。5分ごとに相手を変えて会話し、最後に気に入った相手を指名し、双方が気に入れば後日、お見合いをするシステムだった。

 最初、私は「5分ぐらいの短い時間では相手のことを何もわからないだろう」と思ったが、実はそうではなかった。結婚を真剣に考えて参加している人たちばかりだから、皆が相手に対してしっかりと受け答えをする。それだけに5分も話せば、相手のことはある程度、わかった。少なくとも「この人とは合わない」という人は明確にわかった。

 私は若いころ、釣書や写真を見ただけで「この人とは合わない」と勝手に決め付けて、先方からお見合いの申し込みがあってお断りしたことがあった。しかし、こうした経験を重ねる中で、“書類選考”をしないことにした。仲人さんが勧めてくれる相手にはできるだけ会うようにした。特に、相手が私とのお見合いを希望した場合、私の希望条件に当てはまらなくても、会った。結婚選びで最終的には頼りになるのは自分の目と感性しかないとつくづく思う。

第49話 温度差

 私が中年と言われる年代に入り始めたころ、一回り年下の若い大阪のOLとお見合いをした。育ちの良さを感じさせる明るいお嬢さんで、私は好感をもった。彼女も私に好意をもってくれて、お付き合いをすることになったのだが、結婚への彼女の思い入れが強すぎて、私は閉口するようになった。

  彼女の笑顔はとても可愛いと私は思ったが、彼女は2回目のデートで「母親に『あなたは器量が今ひとつだから、若いうちにお嫁に行きなさい』と言われるんです」と自嘲気味に笑った。彼女自身もそう思っているようだった。

 4回目のデートは私の誕生日の直後だった。彼女から「私からの誕生日プレゼントです」と渡された包みを開くと、手編みのセーターが入っていた。その時、私は2回目のデートで、うっかり「私は今まで、女性から手編みのセーターをプレゼントされたことがない」と話したことを思い出した。しかし、それからプレゼントされた4回目のデートまで、3週間しかたっていない。

 「『手編みのセーターをもらったことがない』とおっしゃったから、誕生日プレゼントとして編むことにしました。初めてだったので、母親に教えてもらったのですが、苦労しました。一昨日と昨日はほぼ徹夜でした。どうですか、なかなか上出来でしょう」と笑う彼女の目は赤かった。

 私は「こんなプレゼントは初めてです。うれしいです」とお礼を言ったが、彼女との交際を今後、どうするかの結論を出していない時点で、手編みのセーターをもらうのは気が重かった。彼女が眠い目をこすりながらセーターを編んでいる姿を想像すると、いじらしいとも、申し訳ないとも思った。「結婚願望の強い女性の前で『手編みのセーターをもらったことがない』などと言うべきではなかった」と心から反省した。

 ぼつぼつ結婚に向けての方向性について結論を出さなければならないと思い始めた6回目のデートは彼女の誕生日の近くだった。私は当時、最新の美容器具だったイオンスチーマーをプレゼントすることにした。以前のデートで、彼女が「イオンスチーマーが欲しいのですが、高くて…」と話したのを覚えていたのだ。知り合ったばかりの女性への誕生プレゼントとしてやや高額だが、彼女が苦労して編んだセーターのお返しとしては、このぐらいの品物を送らなければならないと考えた。

 彼女はイオンスチーマーの大きな包みを見た途端、「誕生日プレゼントは婚約指輪ではないんですね。少しがっかりしました」と言い出した。彼女はプロポーズしてくれると思ったのだろう。しかし、私は彼女に好感をもったものの、この時点でそこまで踏み切れなかった。反対に、この発言が私にとって彼女から心が離れるきっかけになった。

 私としては彼女のために一生懸命、考えてプレゼントをした品物だけに、包みを開かないうちに「がっかりしました」と言うのはマナー違反だと思った。この後2回、デートをしたが、彼女からプロポーズをしてくれるように暗に迫るような言葉がひんぱんに出るようになった。

 私は彼女に好感をもっていただけに、結婚への気持ちを彼女と同じ所まで高めてプロポーズすべきかと真剣に考えた。しかし、この時点で彼女にせかされた形で結婚を決断する気持ちにはなれなかった。彼女は早く結婚したいだけではないかという思いが私の中にあり、私をどこまで愛してくれているかについての疑問も生じた。結局、このまま彼女を待たせては失礼だと判断し、仲人さんを通じてお断りをした。
 
 手編みのセーターが処分できないまま、私の手元に残った。私はこれを見るたびに「彼女があんなにプッシュせずに、私の気持ちが固まるのをもうしばらく静かに待ってくれれば、プロポーズしたかもしれない」と思った。しかし、よく考えるうちに、それは違うと思うようになった。

 お見合いで知り合った男女でも、恋愛の恋人同士でも、結婚への思いや相手への愛情に温度差が生じることがよくある。自分も相手にそれなりに好意をもっているだけに、自分としては結婚までの気持ちが固まらなくても、相手に対する申し訳なさから、相手のペースに合わせて結婚の結論を出す人も多い。

 しかし、私はこれが必ずしも賢明な判断だとは思わない。結婚は人生の一大事だから自分で十分に納得したうえで、結論を出すべきだ。一方的に譲歩して相手のペースに合わせるのは危険だと思う。熟慮したうえで結婚しても、「結婚は失敗だった」と後悔することもある。相手にせかれて結婚を決めたら、結婚が失敗だったと思った時、気持ちのもっていきようがない。

 相手に好意をもっているということと、相手と結婚できるぐらいの愛情をもっているということでは、思いのレベルが全然違うのだ。お互いの愛情レベルに差が生じた場合、意外に根が深く、お互いの努力では埋めきれないことがよくある。なぜなら、この差は価値観や感覚の違いに根ざしていることが多い。つまり、実は2人の相性があまり良くないことが多いのだ。

 2人の相性が良ければ、結婚などへの温度差が生じても相互理解が進む中で自然に解消していくものだ。温度差が解消されず、いつまでも残るというのは相性が良くないということだと私は思う。今になって彼女の発言を思い起こすと、私の考え方と彼女の考え方には開きが多かったように思う。つまり相性が良くなかったのだろう。

  お互いが恋に落ち、相手の欠点が見えなくなるケースがよくある。そんな場合、“救い”となるのが意外なことだが、こうした温度差の表面化だ。だから、温度差が生じたら、いいチャンスだと考えて、相手が結婚を迫ってもそのペースに乗らずに、相手をじっくり観察しよう。案外、根深い原因が浮かび上がってくるかもしれない。温度差の原因を突き詰めてから結婚を決めても決して遅くない。

第48話 結婚はギャンブル

 のろけ話になって恐縮だが、家内はときどき、「あなたがこんなに面白い人だと思わなかったわ」と笑う。結婚前は私をもっと真面目な人間と思っていたらしい。私のつまらないおやじギャグは周りをしらけさせるばかりだが、家内はいつも笑ってくれる。たまに顔をひきつらせながら…。彼女がそんなやさしさをもっていることを私は結婚前、知らなかった。

 ほかにも、私は結婚後に家内について知らなかった面を多く見つけた。彼女もたぶん、同じ思いだと思う。つまり、私たちはお互いの人柄や考え方を十分に理解し合ったうえで結婚したつもりだったが、お互いの人物像を正確に把握し合えたのは結婚後だった。私たちの場合、お互いの相性が良くて結婚が続いているわけだが、これは結果論とも言える。

 私はこの連載を通じて配偶者選びで最も大切な要素が相性の良さであることを強調し、その見極め方を紹介してきたつもりだが、それでも結婚前には相手や相手との相性について見極めきれない部分が残る。つまり、配偶者選びをどんなに慎重にしても実際に結婚してみないと、自分たちの結婚が成功か失敗かはわからないのだ。

 だから、結婚はある面でギャンブルとも言える。私は競馬や競輪などのギャンブルそれほど詳しいわけではないが、見極めきれない部分があることを承知しながら勝負をかけなければならない点は両方とも同じだと思う。

 離婚歴のある先輩がこんなことを言っていた。「交際期間が長くても、たとえ同棲していたとしても、結婚してみないと、相手の本当の性格や相手との相性はわからない部分がある。結婚前はお互いにどこかで化けの皮をかぶっている。結婚して1カ月も経てば、相手との相性も見えてくる。その時に配偶者との間に違和感をもったとすれば、その違和感はずっと残る」。

 結婚がギャンブルだとしても、失敗するリスクを念頭に置きながら結婚というギャンブルに果敢にチャレンジしてほしいと思う。結婚生活がうまくいけば、人生は楽しいし、もし結婚に失敗したとしてもその経験が人生を豊かにしてくれるように思う。つまり、結婚というギャンブルをしない限り、成功するチャンスどころか、失敗するチャンスも得られないということだ。

 例えば、私の周囲にいる離婚経験者たちは「結婚はもうこりごり」と言っていたが、いつの間にか再婚しているケースが多い。失敗した経験の中にも結婚についての何らかの喜びを見つけたから、再婚しようという気になったのだろう。

 「子どもを悲しませたくないから離婚はできない」と“仮面夫婦”を続ける人たちも少なくない。はたから見ると、味気ない人生のようにも思えるが、子どもという愛情を注げる対象があるだけでも本人たちはそれなりに満足しているケースが多い。こういう境遇の人たちの多くは魅力的なキャラクターの持ち主だ。人生が思い通りにならないことを身にしみて実感していることが影響しているのかもしれない。

 もちろん、独身主義という考え方はあっていいし、信念をもって独身を貫く人の生き方を干渉するつもりはない。問題は自分が育った家庭や周囲の人たちの家庭を見て「あんな不幸な結婚をするぐらいなら、1人暮らしの方がいい」などと判断して独身を続けている人が多いことだ。これは安易すぎる考えだと思う。この考え方のままなら、本当の苦楽を知らないまま人生を終えることになりかねないと、私はおせっかいながら考えてしまう。

  いい人が現れず、独身生活が長くなったからといって焦る必要はない。毎日の暮らしを充実させて出会いを積極的に求めてほしい。そのうえで、「その時」が来れば、果敢に決断しようという心構えだけはもっておいてほしいと思う。

第47話 遠距離お見合い

 遠くに住む相手とお見合いするケースは通常、少ない。多くの人は希望するお見合い相手について「同じ県内の人」とか「近県の人」といった条件をつけており、遠くの人とのお見合いが成立する余地がそもそも小さいためだ。しかし、私はお見合い相手の希望条件についてこういった制限を設けず、遠距離の人とのお見合いも積極的に申し込んだ。

 遠距離の相手にお見合いを申し込んだ場合、お見合いを申し込んだ側が相手の居住地のホテルなどに足を運んでお見合いをするのが通例だ。私が東京のOLとのお見合いを申し込んだ時、関西から新幹線に乗って東京駅近くのホテルでお見合いをした。

 事前にもらった釣書で、相手が私と同じ大学の出身者であることを知っていただけに、行きの新幹線では「学校の話をすれば、盛り上がるだろう」と期待で胸を膨らませ、旅費の高さや移動時間の長さが気にならなかった。しかし、相手に会うと、考え方が全く違い、会話が続かなかった。帰りの新幹線では、「なんで、高い旅費と長い移動時間をかけて実りのないお見合いをしたのだろう」と気が重くなった。

 それでも、“遠距離お見合い”を重ねるうちに、知らない土地に行くのが楽しみになってきた。名古屋のOLとお見合いをした時は、しばらく交際し、名古屋で数回、デートをした。それまで私にとって名古屋は新幹線で通り過ぎるだけの街だった。彼女とのデートのおかげで、徳川美術館など多くの観光スポットを回り、名古屋が魅力的な都市であることを知った。ところが、私が名古屋に魅力を感じたほどには、相手は私を魅力的に思ってくれず、交際はストップした。

 津のOLとお見合いし、交際した時もデートのたびに、私が津まで足を運んだ。この“小旅行”も楽しかった。広島のOLとお見合いをすることが決まった時、私は「おいしい広島焼きが食べられる」と喜んだ。だが、相手が親切な人で、「私も足を運びますから中間地点でお会いしましょう」と言ってくれたため、その申し出をむげにすることもできず、岡山でお見合いした。このため、本場の広島焼きを食べられず、旅行気分になれたのは岡山名物のママカリをお土産に買った時だけだった。

 遠隔地の相手とのお見合いを敬遠したくなる気持ちはよく理解できる。お見合いでお互いに気に入っても、交際するのが大変だ。結婚することになれば、式場をどちらの街でするかを決めることから難航しがちだ。結婚後はお互いの実家が離れているため、その行き来が大変になる。

 長く付き合った恋愛相手との交際でも転勤などで離れ離れになれば、「距離に負けて」別れるケースが多い。ましてや、知り合ったばかりのお見合い相手との交際を続けて結婚までこぎつけるのは並大抵の努力では追いつかないと思う。
 
 それでも、私は相性の良い相手を見つけるために、お見合い相手についての希望条件をできる限り広げるべきだと考えており、“距離”についてもあまり制限を設けない方がいいと思う。本当に相性の良い「運命の人」は極めて少ない。理想論かもしれないが、本当に幸福な結婚をしたいと思うなら、「運命の人」を探しにどこまでも行く気概をもってほしいと私は思う。 

第46話 相性の本質

 「私たちは考え方が全く違うカップルなんです。相手の中に自分にない部分を見つけて魅力を感じました」と話す夫婦がたまにいる。このコラムの関連サイト「達人の相性度テスト」を制作した時、私にはこの言葉がひっかかっていた。私は相性の良さとは価値観や感覚が一致していることだと考えており、その前提に立ってこのテストを作成したのだが、この言葉のように価値観や感覚が全く違う男女が夫婦として仲良く暮らすことができるのであれば、その前提が成立しないことになるからだ。

 「達人の相性度テスト」をやっていただいた方はおわかりだと思うが、夫婦や恋人同士で生活や人生などに関する価値観や感覚についての30の質問に答えていただいて、その回答の合致する数で相性度を測っているものだ。このテストは私の手作りで、科学的根拠がないから、相性を考えていただくきっかけ程度に受け止めてもらえればと思っている。それでも、「価値観や感覚が同じであることが相性の良さ」という前提がなければ、このテストそのものの意味がない。

 多くの夫婦やカップルから意見を聴き、私なりに出した結論はやはり、仲の良い夫婦イコール“似たもの夫婦”ということだ。根本的な価値観や感覚が違う者同士は短期的には魅かれあうことがあったとしても、永続的なカップル、つまり夫婦として相性が良いということはありえないと思う。

 のろけ話になって恐縮だが、私は時々、家内のみずみずしい感性をうらやましく思うことがある。休日にドライブをしていて、新幹線が走っているのを見つけると、家内は「新幹線が走っている」と喜ぶ。飛行船を見つけた場合はしばらく感動した面持ちでいる。虹が出ていた時はその日1日、幸福な気分に浸っている。

 私にはそんな感覚はない。新幹線の線路のそばをドライブすれば、「のぞみ」や「ひかり」を見かけるのは当たり前のことだし、飛行船は多くの場合、広告媒体にすぎないと思うから、心を躍らせる対象ではない。虹が出ていれば、きれいだと思うが、それだけの話。ちらっと見るだけだ。少年時代はこれらを見つけてワクワクしたかもしれないが、長いハードワークの生活の中で、そんな感性は磨耗(まもう)してしまった。

 家内は食いしん坊で、これまでに食べたレストランの料理の味をしっかり覚えていて、自宅での料理で再現してくれる。「あのロシア料理店で食べたボルシチを作ってみたの」と食べさせてくれるが、私はロシア料理店に一緒に行ったことは覚えていてもボルシチの味を覚えていない。

 つまり、感覚のレベルでは私と家内で大きな開きがあり、私は家内の豊かな感性にあこがれを感じる。この部分では「自分のないものを相手に見つけ、魅力を感じている」わけだ。しかし、根本的な価値観や感覚では、私たち夫婦は一致していると思う。

 私たち夫婦のケースで言えば、2人の価値観が一致して良かったと思うのは「自分には親や友人といった大切な人たちが大勢いて、自分の配偶者にもその人たちを大切に思ってほしいし、配偶者にとって大切な人たちを私も大切にしたい」という考え方だ。もし、この考え方について2人の間で大きな開きがあって、配偶者が自分の大切な人たちを邪険(じゃけん)に扱ったり、交際しなかったら、私は配偶者に違和感をもったと思う。

 また、人についての見方も多くの場合、共通している。私の嫌いなタイプが彼女の親友だったら、付き合いに困ったかもしれない。私たちは2人とも涙もろく、自宅で映画のDVDなどに観ていると、ティッシュペーパーの箱が2人の間で往復している。もし、この感覚にずれがあって、私が映画を観て涙を流している時に、横で配偶者が笑っていたら、いい感じはしないだろう。

 相手の中に自分にないものを見つけて魅力に感じたり、お互いの個性の違いを楽しめるのはお互いが共感し合える土壌があるからだ。共感し合える土壌とは価値観や感覚の一致なのだと思う。もし価値観や感覚が根本的に違うカップルなら、相手に共感する部分がない。相手に共感できたり尊敬できたりする部分を見出せなければ、相手に自分にない感性や得意分野があっても、それを自分のことのように喜べる思いにはならないと思う。

 仲良し夫婦で自分たちを“正反対カップル”と思っている人たちも、実は自分たちの思い込みと違って“似たもの夫婦”なのだろうと私は考えている。

第45話 過去を振り返るな

 お見合い経験が長くなり、良い相手となかなか出会えない“スランプ”に陥ると、以前に自分からお断りをした相手のことを惜しく感じることがある。「なぜお断りをしたのだろう」と後悔することもある。中には、断った相手との交際を再開しようと仲人さんにお願いしたり、相手に直接、連絡をとる人もいる。

 しかし、これは基本的にはやめた方がいいと思う。断るには断るだけの理由があったはずだ。今が孤独で、素敵な人とおつきあいをできていない状況の中で、“思い出の人”が良く思えるようになり、断った理由がおぼろげになっているだけだ。交際を再開したら、自分が相手について嫌だと思った点が再び鮮明になり、同じ理由で再びお断りをしなければならないケースが大半だと思う。

 お見合いではないが、私は知人の紹介で大阪のOLと交際したことがあった。美人で姉御肌(あねごはだ)のきっぷのいい女性だが、タメ口をきくのが玉に瑕(きず)だった。

 彼女は何かあるたびに「だから、あなたはだめなのよ」「このマザコン、しっかりしろ」などと私をはやした。私は冗談であることを十分に承知していたから、付き合い始めたころは軽く受け流してきた。しかし、私の友人に引き合わせた時も、彼女はこの調子だったので、友人は「彼女はいつも、あんな感じなのか」と目を丸くした。

 交際が長くなるにつれ、彼女は私に対してその気になってきたが、私は彼女の口調が耳障りになって避けるようになり、交際はやがて自然消滅した。
 
 私はその後、いくつかのお見合いをしたものの、実らず、恋人がいないまま1年が過ぎた。さびしさとあせりが増し、「私には二度とガールフレンドができないのでは」と思いつめ始めたころ、彼女のことを思い出すようになった。

 「美人でいい性格なのに、なぜ別れたのだろうか。タメ口ぐらい我慢すればすむことだ」と思い、彼女に連絡をとった。私は1年も彼女に連絡をとらなかった後ろめたさもあって、おずおずとデートを申し込んだが、彼女はあっさり「いいよ」と快諾してくれた。

 以前によくデートしたレストランで一緒に食事した。1年のブランクがなかったように、話が弾んだ。そのうち、私がうっかりして、テーブルの上のコップをひじで倒して中の水をうっかりこぼしてしまった。その時、彼女が笑いながら、いつもの口癖だった「だから、あなたはだめなのよ」を口に出した。

 これを聞いた瞬間、私は彼女のこれまでのタメ口の数々を一度に思い出し、「彼女と結婚したら毎日、『だから、あなたはだめなのよ』を聞かされるのだろうな」と思った。以前のデートでなぜ、自分が彼女に乗り気にならなかったのかがはっきりとわかった。その後も、彼女からタメ口が続出したので、せっかく再開したデートだったが、彼女との交際をこのデートで終わりにすることにした。その後、彼女に連絡しないままになり、交際は再び、自然消滅した。

 私の心変わりで彼女を振り回してしまったわけで、今になって考えると、申し訳ない思いがする。自分で結論を出して別れたのに、彼女との交際を再開したのは女性に対する自分の目、自分の判断についての自信に欠けていたからだと思う。

 多くの男女の交際を見ていると、大半は熱情の中で始まり、理性で結末を迎えていると思う。つまり、多くの人は別れる時、自分が思っている以上に賢明な判断をしている。だから、別れた人を惜しく思った時は、別れた時の状況を冷静に思い出してほしい。

 お見合いでお断りをした相手に直接、連絡するのはマナー違反だと思う。どうしても交際を再開したければ、仲人さんに頼むべきだろう。その場合でも、相手を不快にしかねないし、かなりの確率で相手はこちらへの気持ちがさめていると考えた方がいい。だから、それよりも相手についての希望条件を広げて新しい出会いに期待したほうが健全だし、賢明だ。

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