« 第48話 結婚はギャンブル | トップページ | 第50話 会ってみないと、わからない »

2012年10月 3日 (水)

第49話 温度差

 私が中年と言われる年代に入り始めたころ、一回り年下の若い大阪のOLとお見合いをした。育ちの良さを感じさせる明るいお嬢さんで、私は好感をもった。彼女も私に好意をもってくれて、お付き合いをすることになったのだが、結婚への彼女の思い入れが強すぎて、私は閉口するようになった。

  彼女の笑顔はとても可愛いと私は思ったが、彼女は2回目のデートで「母親に『あなたは器量が今ひとつだから、若いうちにお嫁に行きなさい』と言われるんです」と自嘲気味に笑った。彼女自身もそう思っているようだった。

 4回目のデートは私の誕生日の直後だった。彼女から「私からの誕生日プレゼントです」と渡された包みを開くと、手編みのセーターが入っていた。その時、私は2回目のデートで、うっかり「私は今まで、女性から手編みのセーターをプレゼントされたことがない」と話したことを思い出した。しかし、それからプレゼントされた4回目のデートまで、3週間しかたっていない。

 「『手編みのセーターをもらったことがない』とおっしゃったから、誕生日プレゼントとして編むことにしました。初めてだったので、母親に教えてもらったのですが、苦労しました。一昨日と昨日はほぼ徹夜でした。どうですか、なかなか上出来でしょう」と笑う彼女の目は赤かった。

 私は「こんなプレゼントは初めてです。うれしいです」とお礼を言ったが、彼女との交際を今後、どうするかの結論を出していない時点で、手編みのセーターをもらうのは気が重かった。彼女が眠い目をこすりながらセーターを編んでいる姿を想像すると、いじらしいとも、申し訳ないとも思った。「結婚願望の強い女性の前で『手編みのセーターをもらったことがない』などと言うべきではなかった」と心から反省した。

 ぼつぼつ結婚に向けての方向性について結論を出さなければならないと思い始めた6回目のデートは彼女の誕生日の近くだった。私は当時、最新の美容器具だったイオンスチーマーをプレゼントすることにした。以前のデートで、彼女が「イオンスチーマーが欲しいのですが、高くて…」と話したのを覚えていたのだ。知り合ったばかりの女性への誕生プレゼントとしてやや高額だが、彼女が苦労して編んだセーターのお返しとしては、このぐらいの品物を送らなければならないと考えた。

 彼女はイオンスチーマーの大きな包みを見た途端、「誕生日プレゼントは婚約指輪ではないんですね。少しがっかりしました」と言い出した。彼女はプロポーズしてくれると思ったのだろう。しかし、私は彼女に好感をもったものの、この時点でそこまで踏み切れなかった。反対に、この発言が私にとって彼女から心が離れるきっかけになった。

 私としては彼女のために一生懸命、考えてプレゼントをした品物だけに、包みを開かないうちに「がっかりしました」と言うのはマナー違反だと思った。この後2回、デートをしたが、彼女からプロポーズをしてくれるように暗に迫るような言葉がひんぱんに出るようになった。

 私は彼女に好感をもっていただけに、結婚への気持ちを彼女と同じ所まで高めてプロポーズすべきかと真剣に考えた。しかし、この時点で彼女にせかされた形で結婚を決断する気持ちにはなれなかった。彼女は早く結婚したいだけではないかという思いが私の中にあり、私をどこまで愛してくれているかについての疑問も生じた。結局、このまま彼女を待たせては失礼だと判断し、仲人さんを通じてお断りをした。
 
 手編みのセーターが処分できないまま、私の手元に残った。私はこれを見るたびに「彼女があんなにプッシュせずに、私の気持ちが固まるのをもうしばらく静かに待ってくれれば、プロポーズしたかもしれない」と思った。しかし、よく考えるうちに、それは違うと思うようになった。

 お見合いで知り合った男女でも、恋愛の恋人同士でも、結婚への思いや相手への愛情に温度差が生じることがよくある。自分も相手にそれなりに好意をもっているだけに、自分としては結婚までの気持ちが固まらなくても、相手に対する申し訳なさから、相手のペースに合わせて結婚の結論を出す人も多い。

 しかし、私はこれが必ずしも賢明な判断だとは思わない。結婚は人生の一大事だから自分で十分に納得したうえで、結論を出すべきだ。一方的に譲歩して相手のペースに合わせるのは危険だと思う。熟慮したうえで結婚しても、「結婚は失敗だった」と後悔することもある。相手にせかれて結婚を決めたら、結婚が失敗だったと思った時、気持ちのもっていきようがない。

 相手に好意をもっているということと、相手と結婚できるぐらいの愛情をもっているということでは、思いのレベルが全然違うのだ。お互いの愛情レベルに差が生じた場合、意外に根が深く、お互いの努力では埋めきれないことがよくある。なぜなら、この差は価値観や感覚の違いに根ざしていることが多い。つまり、実は2人の相性があまり良くないことが多いのだ。

 2人の相性が良ければ、結婚などへの温度差が生じても相互理解が進む中で自然に解消していくものだ。温度差が解消されず、いつまでも残るというのは相性が良くないということだと私は思う。今になって彼女の発言を思い起こすと、私の考え方と彼女の考え方には開きが多かったように思う。つまり相性が良くなかったのだろう。

  お互いが恋に落ち、相手の欠点が見えなくなるケースがよくある。そんな場合、“救い”となるのが意外なことだが、こうした温度差の表面化だ。だから、温度差が生じたら、いいチャンスだと考えて、相手が結婚を迫ってもそのペースに乗らずに、相手をじっくり観察しよう。案外、根深い原因が浮かび上がってくるかもしれない。温度差の原因を突き詰めてから結婚を決めても決して遅くない。

« 第48話 結婚はギャンブル | トップページ | 第50話 会ってみないと、わからない »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。