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2012年10月 3日 (水)

第46話 相性の本質

 「私たちは考え方が全く違うカップルなんです。相手の中に自分にない部分を見つけて魅力を感じました」と話す夫婦がたまにいる。このコラムの関連サイト「達人の相性度テスト」を制作した時、私にはこの言葉がひっかかっていた。私は相性の良さとは価値観や感覚が一致していることだと考えており、その前提に立ってこのテストを作成したのだが、この言葉のように価値観や感覚が全く違う男女が夫婦として仲良く暮らすことができるのであれば、その前提が成立しないことになるからだ。

 「達人の相性度テスト」をやっていただいた方はおわかりだと思うが、夫婦や恋人同士で生活や人生などに関する価値観や感覚についての30の質問に答えていただいて、その回答の合致する数で相性度を測っているものだ。このテストは私の手作りで、科学的根拠がないから、相性を考えていただくきっかけ程度に受け止めてもらえればと思っている。それでも、「価値観や感覚が同じであることが相性の良さ」という前提がなければ、このテストそのものの意味がない。

 多くの夫婦やカップルから意見を聴き、私なりに出した結論はやはり、仲の良い夫婦イコール“似たもの夫婦”ということだ。根本的な価値観や感覚が違う者同士は短期的には魅かれあうことがあったとしても、永続的なカップル、つまり夫婦として相性が良いということはありえないと思う。

 のろけ話になって恐縮だが、私は時々、家内のみずみずしい感性をうらやましく思うことがある。休日にドライブをしていて、新幹線が走っているのを見つけると、家内は「新幹線が走っている」と喜ぶ。飛行船を見つけた場合はしばらく感動した面持ちでいる。虹が出ていた時はその日1日、幸福な気分に浸っている。

 私にはそんな感覚はない。新幹線の線路のそばをドライブすれば、「のぞみ」や「ひかり」を見かけるのは当たり前のことだし、飛行船は多くの場合、広告媒体にすぎないと思うから、心を躍らせる対象ではない。虹が出ていれば、きれいだと思うが、それだけの話。ちらっと見るだけだ。少年時代はこれらを見つけてワクワクしたかもしれないが、長いハードワークの生活の中で、そんな感性は磨耗(まもう)してしまった。

 家内は食いしん坊で、これまでに食べたレストランの料理の味をしっかり覚えていて、自宅での料理で再現してくれる。「あのロシア料理店で食べたボルシチを作ってみたの」と食べさせてくれるが、私はロシア料理店に一緒に行ったことは覚えていてもボルシチの味を覚えていない。

 つまり、感覚のレベルでは私と家内で大きな開きがあり、私は家内の豊かな感性にあこがれを感じる。この部分では「自分のないものを相手に見つけ、魅力を感じている」わけだ。しかし、根本的な価値観や感覚では、私たち夫婦は一致していると思う。

 私たち夫婦のケースで言えば、2人の価値観が一致して良かったと思うのは「自分には親や友人といった大切な人たちが大勢いて、自分の配偶者にもその人たちを大切に思ってほしいし、配偶者にとって大切な人たちを私も大切にしたい」という考え方だ。もし、この考え方について2人の間で大きな開きがあって、配偶者が自分の大切な人たちを邪険(じゃけん)に扱ったり、交際しなかったら、私は配偶者に違和感をもったと思う。

 また、人についての見方も多くの場合、共通している。私の嫌いなタイプが彼女の親友だったら、付き合いに困ったかもしれない。私たちは2人とも涙もろく、自宅で映画のDVDなどに観ていると、ティッシュペーパーの箱が2人の間で往復している。もし、この感覚にずれがあって、私が映画を観て涙を流している時に、横で配偶者が笑っていたら、いい感じはしないだろう。

 相手の中に自分にないものを見つけて魅力に感じたり、お互いの個性の違いを楽しめるのはお互いが共感し合える土壌があるからだ。共感し合える土壌とは価値観や感覚の一致なのだと思う。もし価値観や感覚が根本的に違うカップルなら、相手に共感する部分がない。相手に共感できたり尊敬できたりする部分を見出せなければ、相手に自分にない感性や得意分野があっても、それを自分のことのように喜べる思いにはならないと思う。

 仲良し夫婦で自分たちを“正反対カップル”と思っている人たちも、実は自分たちの思い込みと違って“似たもの夫婦”なのだろうと私は考えている。

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